かたくりかたこりかたつむり

やっぱり誤字脱字は氷山の一角

(プレイヤーが)期待に応えてくれなきゃパパ死んじゃう~ビカム神殺しヒューマンの父と息子の話〜

まえがき

今回はそんなに暴れてないです。なんかフンワリした感じです。DBHの神を殺しましたけど。

DBHって選択肢はたくさんあるんですが、「よい・わるい」の価値観自体は割とはっきりしてます。それが現れている例のひとつとして「プレイヤーが『よくない』選択肢を選ぶと死んじゃうパパたち」の話をします。

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これは勢いあまってちゃぶ台をひっくり返すパパ

プレイヤーが「よくない」選択をすると死んじゃうパパたち

パパたち紹介

カール

マーカス編に登場。好々爺かと思いきやアクセル全開でアナーキーなジジイ。心臓が弱いみたい。

ハンク

コナー編に登場。バディものかと思いきや、ヒロインか乙女ゲーの攻略対象だったおっさん。ハートが弱いみたい。

今回はこの2人のパパたちが死ぬ…いや、プレイヤー、ひいてはゲームに「殺される」ことについて考えていきます。

パパたちが死ぬ主な場面

具体的にパパたちはどういう場面で死んでしまうのか。主なものを挙げてみました。

カール

  • 暴力をふるってくる実の息子レオに対して、マーカスがカールのいいつけを守って手を出さずにいると謎の発作で死んじゃう
  • 病床のカールに対して、暴力的なことばっかり言ってると謎の発作で死んじゃう

ハンク

  • 変異せずに仲が悪くなると、屋上でコナーに撃たれるか落とされるかして死んじゃうことがある(この辺はプレイヤーの腕の問題もあるので確定じゃない)
  • 好感度の低さがぶっちぎってしまうと、ハンクが世を儚んでロシアンルーレットが成功しちゃう(たぶん死んだ)※この時点で手遅れ
  • ストラトフォードタワーの選択肢はぶっちゃけ単なる成功率の話なので除外
  • 鳥の巣の最後も入れてもいいけど、死なないしややこしくなるので一旦除外

兄ちゃん、なんでパパすぐ死んでしまうん…?

このように、プレイヤーの選択次第ではさっくり死んでしまうパパたちですが、それは(DBHの価値基準に照らして)プレイヤーの選択が間違いだと分からせるため、ひいてはプレイヤーにそのような行動を取らせないようにするためと考えるのが順当じゃないでしょうか。いわゆる「罰と報酬」です(犬のしつけを思い出そう!)。

自分の選んだ選択肢で、そのつもりがなくてもパパが死んだら嫌な気持ちになるプレイヤーが大半だと思われます。人間は基本的に死が嫌いですから、「死=いやだ=罰=そういう行動をさせないようにする」という学習が可能です。

例えばプレイヤーがAという選択肢を選んだ結果、パパが死ぬ。すると嫌な気持ちになって、Aに似たような選択肢は取らなくなる(傾向にある)。これは当たり前のことですが、専門的には「正の弱化」と言います。 行動Aをとることで、それまでなかったよくない現象が起こったら、人間(他の動物も)はだんだん行動Aをしないようになります。

これとは反対に、行動Aをとることで、それまでなかったいい感じの現象が起こったら、人間(略)はどんどん行動Aをするようになります。こちらは「正の強化」と言います。

もっとも、テレビゲームはこういった人間の心理を利用して作られているので当たり前ですね。問題はもっぱらその使い方です。

なんで「正しい」の?

ところで、さっきから正しい正しいって言ってるけど、別にそう名言されてるわけじゃないっしょとお考えの向きもあるかと思います。私がDBHの「正しさ」を感じるのはだいたい以下のような理由です。

  • あえてパパたちが死ぬことを選んでも恩恵が少ない(カールやハンクが死ぬかわりに革命が成功するルート等がない)
  • かつパパたちが死なないルートを選ぶことが可能
  • じゃあ死なないルートの方が「正しい」よね、と感じられてしまう

最初にも言いましたが、DBHには選択肢と分岐はたくさんあっても、上記のような「正しい」…というか、「推奨」ルートは割とはっきりしてます。だからDBHは実のところ「正解探しゲーム」です。ゴールが1つの迷路みたいなもの。だから、そこにあるのは「正しい順路と間違った順路」なのです。間違った道の先には落とし穴ならぬパパの死が待ち構えている。

どういう選択が「正しい」の?

じゃあ具体的にどの選択が「正しい」傾向にあるのか考えてみましょう。「パパたちが死ぬ主な場面」をもう一度見てみます。これの反対がDBHにおける「正しい」と考えていいでしょう。

パパたちが死ぬ主な場面

カール

  • 暴力をふるってくる実の息子レオに対して、マーカスがカールのいいつけを守って手を出さずにいると謎の発作で死んじゃう
  • 病床のカールに対して、暴力的なことばっかり言ってると謎の発作で死んじゃう

ハンク

  • 変異せずに仲が悪くなると、屋上でコナーに撃たれるか落とされるかして死んじゃうことがある(この辺はプレイヤーの腕の問題もあるので確定じゃない)
  • 好感度の低さがぶっちぎってしまうと、ハンクが世を儚んでロシアンルーレットが成功しちゃう(たぶん死んだ)※この時点で手遅れ

「正しい」選択

マーカス編

  • 対レオのところ…自分で考えてカールの命令に背くこと
  • 対病床のカールのところ…平和的・対話的な思考

コナー編

  • 屋上敵対のところ…マーカスの革命を邪魔しない・人殺ししないこと(敵対しつつ殺さない)
  • ロシアンルーレット(成功)のところ…ハンクの期待通りになること=変異すること

例えばレオがマーカスに暴力を振るうシーン。ここではカールはマーカスに抵抗するなと命令しますが、その通りにするとカールは謎の発作で死んでしまいます(血圧高いのかな?)。逆に、命令を無視してレオに楯突くと、カールは生存します。

これは一見逆のようですが、カールはマーカスに人間らしさを見出し、かつそうなることを望んでいる節があります。だから、ここでは命令を無視するほうが「よい」わけです。自分の意志で命令を無視して人間様に楯突くとカールは生存するし、いかにも機械らしい「命令を守って抵抗しない」という選択肢を選ぶと、罰としてパパは死んじゃう

この原則はコナー編のハンクも大まかには同じで、ハンクの期待に応える(『人間』らしくなる)と大体死なないし、期待に応えないと大体死にます

※カールの登場場面が少ないのに対して、ハンクはコナー編では終盤近くまでほぼ出ずっぱり&QTEが絡んだり、機械ルートでもハンクが生存するルートがあるので、必ずしも原則に当てはまるとは限らないから。それでもハンクの機嫌を損ねるような選択肢は「間違い」です。

つまり、パパたちはそれぞれのパートの正しい価値観の番人みたいな役回りをしているということですね。その主な共通点は「変異(命令違反)=いいこと、人を殺さない=いいこと」です。

※カーラ編ではアリスがパパたちに相当しますが、話の流れ上かパパのような死に方はしません。アリスが死んだらカーラ編終わっちゃうわ。ただしその代わり、カーラ自身が命令に従ったままだとトッドに壊されます。ちなみにアリスは倫理的ジャッジを直接下してきます

「パパ」の象徴するものって何?

さて、パパたちが死ぬシーンと「よい選択肢・わるい選択肢」ということをざっくり書いてきましたが、これだけじゃ単に「『よくない』選択肢はプレイヤーが嫌がるように作ってある」っていう、ある意味普通の話です。でも、私はこの「パパたちが死ぬこと」からもっと考えるべきことがあると思うんですよ。

2人のパパたちが象徴するのは、DBHの提示する「よい・わるい」の価値基準です。2人とも、DBH世界の一般的な価値観(アンドロイドはモノであり『人間』ではない)からは逸脱気味。社会構造に組み込まれた差別は「規範」なので、むしろ差別(区別)することこそがお行儀のいい振る舞いであり、区別しないことは規範からの逸脱=お行儀が悪い、となります。でもそんなお行儀の悪いパパたちだからこそ、「人間外」のアンドロイドに「人間」を見出すという、作中の常識からは外れたことができるわけです。

でも現実世界からすると、彼らは旧来の価値観の体現者じゃないか。それはこの2人が中年~老年の白人男性の姿をしていることとも無関係ではないです。DBHの表現や理解にちょっと、というかかなりアップデートできてない感があったり、あくまで西欧の白人(男性)から見た差別と革命の歴史っぽい感じとマッチしていますね。

さっき説明した「正の弱化」に話を戻すと、DBHは選択肢をたくさん用意してますが、この「選択のあとのごほうび or 罰」がはっきりしすぎているので「正しい・間違い」もはっきりしすぎていて、私には押し付けがましく思えちゃうんですね。更に、従来の価値基準を打破する話なのに、構造としては古い価値基準に従わなければいけない…みたいなプレイ感覚が非常にモヤモヤします。ゲーム自体の主張はあってもいい、というかあったほうがいいのですが、それが押し付けがましかったり、賛同しかねる主張だとなんだかなあ。せっかくめちゃくちゃ分岐するのに「正解」が見えすぎていると、分岐する必要がないように感じられるので。

作中に「アンドロイドに教えを垂れる人間の像」がありましたが、パパたち、ひいてはDBHはプレイヤーに教えを垂れているとみなすこともできます。パパが死ぬような選択は間違いなのだと。

(もっとも、DBHは複雑さよりも分かりやすさの方を取るし、それ自体は否定しません。変に小難しくしてお高くとまるよりいいですし。でも、だったらあからさまで視覚的インパクトのある歴史ネタを、上っ面だけパッチワークするのはやめてほしいですね。現実はもっと複雑なので)

おわりに

「正しい」価値観の説明とプレイヤーの「しつけ」のために殺されるパパたちかわいそうだな! 生きろ! と言いたい。

そういうわけで、引き続き精神的父殺しの旅に出てきます。