概要
タイトルの「セナー(Sennaar シナル)」は、バベルの塔があったとされるメソポタミアの地名。旧約聖書に疎い人間にはピンとこないが、西洋人なら「あーはいはい」となる地名かと思われる。
舞台はバベルの塔のような巨大な塔。そこに住む人々は、言語別に分かれて暮らしている。彼らはお互いに誤解し、蔑みあい、没交渉の状態。
そこへ部外者としてやってきた主人公が、各言語を習得しながら部族同士のコミュニケーションを橋渡しをすることで、塔の人々はやがてひとつにまとまっていく。
フィールドでは謎解きパズルがあるが、そこまで難しくはない。一部ステルスアクションが必要な場面もあるものの、半自動なので難易度は低め。ストーリーもシンプルで、言語謎解きに集中できる。
私は言語学を専門に学んだわけではない単なる聞きかじりオタクだが、言語学習の楽しいところだけをプレイできる感じだ。楽しい。
各言語間の通訳をすることによって、意外なお互いの共通点が判明したり、困りごとの解決がされたりと、人の役に立ててる感も嬉しい。
作中の架空言語について
謎言語は全部で5つ。文字は基本的にすべて表意文字と考えていいだろう(発音が規定される場合は表語文字だが、まあ細かいことは置いておいて…)。
パーツの組み合わせで1文字が成り立っているあたりは表意文字あるあるであり、この辺は漢字圏ユーザーが圧倒的に有利。たぶん。文字については別途書いてみたいですね。ワクワク。
各言語の語順はそれぞれ異なるが、SVO型が多め。
実は、ヨーロッパ諸語に多いSVO型は、世界の言語全体の約30%にとどまる。それに対し、日本語などのSOV型は約50%と多め。現代国家のプレゼンスの関係で勘違いされがちだが、言語の世界では日本語を含むSOV型が多数派なんである。
引用:http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2009-09-11-1.html
ただし、制作がフランスのゲーム会社Rundiscで、文字もアルファベットのような表音文字ではなく表意文字というハンデがあるので、語順の件はヨーロッパ諸語勢に譲ってもよろしいでしょう(漢字圏から目線)。
一方、日本語話者にとっておそらく一番難しいのが、デーヴァナーガリー文字とアラビア文字を足して割ったような文字を使う言語。語順もSVO型ではない。スペイン語の逆感嘆符(¡)や逆疑問符(¿)のような記号もあり、若干トリッキーである。
テーマかつ気になったところ
※以下、若干ネタバレあり
ラスト付近、素直に感動エンディングかと思いきや、ちょいとツイストがある。しかし、メタ的な印象を与える要素はこのゲームにはいらないかなというのが素直な感触だ。ト書き的なセリフのない「雰囲気ゲー」にはあまり複雑なストーリーは適さないため、ハッピーエンドへ一直線――と思わせておいて「あれ?」という引っかかりを生むようなツイスト的な展開は、若干違和感が残る。
『Chants of Sennaar』のストーリーのテーマとしては、異なる他者と対話すること、他者を理解する心を閉ざさないこと、あたりだ。
作中では、現実から逃避し、没入型ゲームらしきものに没頭している民が批判的に描かれているが、これはビデオゲームに対する自己言及・自己批判とも取れる。だからラスト付近で「これはゲームなんだ」と思わせられるような展開を挟んだのかなとは思うけれども。
『Chants of Sennaar』自体には、オンライン要素や他ユーザーとのコミュニケーション要素はない。そのため、このシナリオがゲーム批判の意図だったとしても、あくまでストーリー的な意味合いのみにとどまっている。
まとめ
総じて没入感を損なわないレベルのちょうどいい難易度である。各所にロゼッタストーン的な壁画があり、未解読の単語の類推もしやすい。あえて言えば、全体マップがないので若干迷子になりやすいきらいはある。
アートスタイルはカラフルで異国情緒あふれるデザイン。BGMも同様に、ストリングスや木管楽器などクラシック音楽の楽器をベースに用いつつも、民族楽器の音色や喉歌のような音が合わさってエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
プレイ時間は初回18時間程度とちょうどよいボリュームだった。キャラクターやオブジェクトのサイズ感はPC用に合わせてある感じなので、PC版かSwitchの携帯モードでのプレイがおすすめ。
果たして、主人公は無事すべての言語を習得し、塔の人々を和解へと導けるのか。程よい謎解きとボリュームのシナリオ、独特なアートやサウンドが小気味よく融合した良作。
※体験版もあり