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『Hylics』感想・レビュー シュールな白昼夢は意外と正気

はじめに

Mason Lindroth氏によるインディーゲーム。わあ、『ファンタスティック・プラネット』みたい。と思ってプレイした(※私はこの手のビジュアルが大好きです)。

Hylics by Mason Lindroth

ファンタスティック・プラネット』。フランス・チェコ合作のカルトアニメ。
ファンタスティック・プラネット ― アップリンク吉祥寺

なお、詳しくないのでよく分からないけど、『Hylics』のビジュアルはクレイアニメの系譜らしい。

無意識、大好き

『Hylics』の特徴的な点は、まず何といってもその独特なビジュアルと、ランダム生成された意味不明のテキスト

モブキャラのセリフの大半やダンジョン名はランダムに生成されたもので、その自動筆記的な意図のなさが、独特なビジュアルと相まってシュルレアリスム的な雰囲気を醸し出している。

シュルレアリスム

超現実主義。第1次世界大戦後,ダダの流れをくみながらその破壊的な性格を否定して建設的方向に転じた文学,美術の革新運動。…この運動の基盤にはフロイトマルクスの思想がからみ合っている。すなわち,芸術作品から合理的,理性的,論理的な秩序を排除し,代りに無意識の表現を定着させることを意図し,そのことによって,失われた人間存在の全体性を回復しようとする人類救済の意志を蔵している。したがって,シュルレアリストは創作に際し,想像力,幻覚,妄想,夢,狂気,驚異に絶対的信頼をおき,それらを表現するためにオートマティスム (自動記述) やデペイズマン (違和効果) の技法を用いた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

また、ぐんにゃりしたBGMも意味不明さに拍車をかけている。やる気のないシューゲイザーみたいな、うだるような暑さの昼下がりの伸び切ったうどんみたいな、サイケな(つまりLSDをキメたような)音楽。ジャンル的にはサイケデリック・ロックみたい。

「シュール」なビジュアルとテキストに、サイケデリックサウンドが合わさっているのは全くもって真っ当。どちらも理性や論理ではなく、無意識を前面に押し出したアートスタイルで、『Hylics』独特の雰囲気を生み出している。

サイケデリック

LSDという薬品は統合失調症精神分裂病)の幻覚と類似の幻覚体験をもたらしたので、あたかもこれが人間の無意識を表しているかのように考えられたことから、こうした人工的につくられた幻覚が無意識的な心を表しているという意味でサイケデリックという。…なお、LSD、メスカリンといった薬物によっておこされる幻覚に関連のある芸術のことを、1960年代にはサイケデリック・アートpsychedelic artと総称するようになり、一時アメリカで流行した。

出典:日本大百科全書(ニッポニカ)

正気で作られた訳の分からないもの

ところで一見意味不明ゲーに見える『Hylics』だが、私はこれ、意外と正気だなと感じた。

創作において、訳の分からないもの、難解なものをやりたい時、そのベースは多くの人に馴染みのあるものにしておくバランス感覚が大事なのだなと思っている。個人的には、最初から最後まで意味不明でもなぜか好きな作品というのはあるけど、一般論としてある程度受け入れられたいなら、という話である。

『Hylics』のゲームシステムも、ターン制コマンドバトルなど、割と正統派なJRPG。特に昔からゲームをプレイしている日本人なら、プレイ方法に困ることは特にないはず。

出典:https://mason-lindroth.itch.io/hylics

のっけから主人公はバトルで死ぬので、適当でピーキーなゲームバランスかと思いきや、死ぬのが前提のゲームシステムだったりする。そこは『Hylics』のユニークな点だけど、それがゲームシステムとして機能している(死なないと強くなれない)あたり、意味不明じゃなくてちゃんと考えてあるのだ。

ビジュアルやサウンドなどのアート部分は白昼夢のように脈絡がないものでありながら、ゲームシステムやシナリオという屋台骨の部分では割と正気。だから意味が分からないけど最後までクリアできる。

もし『Hylics』がシナリオやゲームシステムまで難解だったら、本当に難解な方に振り切れてしまう。それはそれで意味不明の難解ゲーとして語り継がれるだろうし、そういうのも個人的には割と好きだけど…。

例として、各所に点在するウォーターサーバーやテレビなどのオブジェクトには戦闘を有利にする効果があるが、これらはシュルレアリスムとして捉えればある種デペイズマン的とも解釈できると時に、ゲーム的な仕掛けとして分かりやすいものでもある。

デペイズマン

「人を異なった生活環境に置くこと」、転じて「居心地の悪さ、違和感;生活環境の変化、気分転換」を意味するフランス語。美術用語としては、あるものを本来あるコンテクストから別の場所へ移し、異和を生じさせるシュルレアリスムの方法概念を指す。

デペイズマン | 現代美術用語辞典ver.2.0

マン・レイ《解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい》
https://yokohama.art.museum/special/2019/MeetTheCollection/overview.html

ウォーターサーバーは紙コップを置いて水を注ぐものだし、テレビはスイッチを押して映像を見るものだ。だから、プレイヤーは「なぜこの世界にこんなものがあるのか」という点には意外性を感じるが、珍妙なモノだらけの世界の中では、これらが何であり、どう使うのかは言われなくても分かるというわけだ。このあたりのバランスは絶妙。

こういう作品って狂ってるところが褒められがちだけど、結構正気だと思う。なんといっても、ちゃんとゲームとして成立してるし。

斬新で難解だけど、ベースが分かりやすいので受け入れられてる作品の例

今思いついたというだけの理由なので、この2つが飛び抜けてそうだというわけではないです。

モノノ怪

出典:https://www.kadokawa-pictures.jp/official/mononoke/

浮世絵風などの実験的なビジュアルが日本のアニメーションとしては斬新だが、ストーリーは割と正統派な怪談や退魔ものといった趣。また随所に暗喩的なモチーフが見られるが、分からなくても可。そのお陰で、視聴者は安心しつつ実験的な視覚表現を楽しめるのだと思う。

インターステラー

2014年版『2001年宇宙の旅』みたいな感じだが、ベースのストーリーは父と娘の愛や信頼の話なので理解しやすい。が、世界設定などを考察しだすとかなり深いはず。でもそこまで考察しなくても十分楽しめる。

こういう作品って、ライトにも楽しめるし、ディープにも楽しめるという点で作り方が上手い。

おわりに

ビジュアルでそのゲームをやるか判断する人間としては、非常に「当たり」だった。プレイしてよかったです。

独特の世界観の割に、ストーリー自体は割とシンプルで、エンディングも結構あっけない。深読みするというよりは、とにかくこの独特な世界に浸るのが楽しむポイントかも。

そして日本語版MODの作者さんありがとう。

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特に断りのない画像はすべて『Hylics』より。