かたくりかたこりかたつむり

やっぱり誤字脱字は氷山の一角

ビカムヒューマンしないマンのDBH考・共感編(草稿)~エモさですべては解決できるか~

性質上ネタバレあり。
また、DBHを純粋に楽しめて、あーいいゲームだったとこれからも思いたい人は読まなくていいです。

前段

これは、みんな大好きシネマティックADVのDetroit: Become Human(以下DBH)が好きだけどモヤモヤしてキレ散らかしてるオタクの文章だよ。説明終わり。

クリアして思ったこと

みんなこのゲームをクリアしてどう思ったんだろう?
私はぼんやりと、

「差別を解決する手段として、共感を持ち出すのはまずいのでは?」
「ストーリーに怒られている気がする」
「この世界には私の居場所がない」

って思った。もちろん登場人物はみんな好きだけど。今年一年の感謝を込めてお歳暮贈りたい。
クリア後しばらくすると、作中の「なんで?」って部分に対して段々イライラが募ってきて、しばらくキレ散らかしていた。今は多少落ち着いたし、色々な本を読んで元気にキレ散らかしているから心配はいらない。

このゲームの売りは、プレイヤーの選択によって展開が細かく分岐すること。人によって辿ったルートが全く違ったり、何周かしても「そんなシーンあったの!?」と驚くことがあるという鬼のような分岐、もはや人力テクノの域、あっぱれである。だから1周目は特に何の情報も入れず、自分の好きに選択肢を選んでいった。

が、しかし。
選択肢を用意してプレイヤーに選ばせる割には、ストーリー自体の価値観がはっきりしていて主張が激しい。すべての選択肢は等価じゃないし、ストーリーの立場は中立じゃない。しかもそれが押し付けがましいのだ。

なんだか、ストーリーの世界観がまるでひとつの人格を持っているみたいなので、私はこのゲームの価値観とか意志のことを「神」って呼んでいる。以下「神」とは、このゲームの価値観を擬人化したものを指す。なお、ディレクター兼ライターのデビッド・ケイジ氏はあくまで「神の代理人(※この比喩に他意はない)」であって、おおよそ似てはいるものの、イコール神ではないことに注意されたい。

で、神。最初から何となく分かってたんだけど、神と私は性格も興味も正反対で、価値観の基盤になっている学問も違う。正直なところ一緒に住めない。私は2周くらいしたところで、神の喋る言語が全く理解できてなかったことに気付いて、心の中で盛大にツッコミを入れた。私の知識や価値観がひとっつも役に立たねえ! むしろ邪魔でしかない! なんだこれは!

というわけで、たくさんある憤りのうち今回は「共感」についての話をしようと思う。上に挙げた感想でいうと「差別を解決する手段として、共感を持ち出すのはまずいのでは?」が該当する。

たかがゲームにガチでキレ散らかすのはくだらないんだろうか? いや、オタクは遊びじゃねえんだよ。人生だ。そして生涯勉強だ。つまりオタクは勉強だ。今日もたくさん本が読めて神に感謝です。ありがとう神。みんなも神の御名を讃えよ。

私の作中キレポイント

「差別を解決する手段として、共感を持ち出すのはまずいのでは?」と思った理由をできるだけ整理してみる。

まずさっきから共感共感って言ってるけど、心理学的には共感ってざっくりふたつに分けられる。それは「情動的共感」と「認知的共感」。情動的共感は「他人が感じている(だろう)感情を、自分の感情として感じる」こと。つまり、「共感」って言った時に大体の人が思い浮かべる共感のことだと思っていい。一方、認知的共感は「他人が感じている(だろう)感情を理解する」こと。いわゆるマインドリーディング、心の理論とも呼ばれるものだ。なお似ているけど「同情」はまた別なので横においておく。
今回問題にするのは情動的共感の方だから、以下単に「共感」と書いてあるのは情動的共感のことだと思ってほしい。

平和的なルートで上手くいくと、収容所の仲間の開放を求めるアンドロイド達に、人間側が共感する筋書きになっている。歌とか歌っちゃったり、ハリウッド映画ばりにキスしてみたりするアンドロイドに、人間は思わず虐殺の手を止めるのだ。そして極めつけの「見た目はただの人間」発言。私の中のキレ散らかしマイスターがちゃぶ台をひっくり返しましたね、これは。

だってお前ら、例えばBigDogがHold on...って歌い出しても共感しなかったろうが!

すごいけど気持ち悪い

私にとって、見た目から何から全部人間そっくりなアンドロイドに人間が共感を覚えて、虐殺の手を止めるというストーリーは、素晴らしいどころか全然素晴らしくない、ふっざけんなこの野郎てなもんである。
見た目のせいで不当な扱いを受けてきた人がどれだけいると思ってんだこの野郎。
ズラトコのアンドロイドとか確実に差別受けるだろこの野郎。
私としましては、作中のロシアや中国の人型でないアンドロイド(四角くない四角みたいな表現)が主人公で、彼らの要求を人間が飲むんだったら素晴らしかったです。真の倫理観が試される。

私の中で最近ホットな議題は「共感されにくい人を救うにはどうしたらいいんだろう?」だ。これは私が高潔な人間だからではなく、メカニズムに興味があるタイプだからである。
が、神が言いたいことは実はそうではなかった。まず私が気付かなくてはいけなかったのは、神と私の興味ポイントのズレだ。私は現代の話をしているが、神が言いたいのは1930~60年代の話なのだ。
それはまた後で書くとして、なんで共感がまずいのか?

それは、共感は諸刃の剣だから。

バカとハサミと共感は使いよう、でも共感はむしろガソリン

私は、このゲームのストーリーは「内集団と外集団の話」だと思った。

内集団は、自分が属していて、自分と同一視している集団のこと。対して外集団は、いわゆる「他者」のこと。例えば、私にとっての内集団が「日本」だとすると、外集団はそれ以外の外国、例えば「中国」なんかがそう。外集団には敵意が向けられがちで、ヨーロッパではずっとユダヤ人が外集団=スケープゴート(贖罪の羊)だった。

偏見とか差別は、外集団に向けられる。部族社会時代の人にとって「人間」の範囲ってせいぜい自分達の部族だけで、それ以外のヒトは全部「人間」以下。でもそれがヒトにとってのデフォルト状態で、今それがマシになってるのは、「人間」の範囲が広がっただけ=内集団の範囲が広がっただけ。ヒトの習性は多分ほとんど変わってないんだろう。

共感の落とし穴その1 共感できる範囲は限られている

話を共感に戻すと、神が言っているのは「共感すれば悲劇は止められる」だ。つまり、人間がアンドロイドに共感すれば、奴隷扱いなんてできないし、ましてや民族浄化よろしく大虐殺なんてできないよねってことだ。これはもっともらしく聞こえる。

でも、ここに共感の落とし穴がある。共感が働きやすいのは、内集団、自分と似ているもの、かわいいもの、弱そうなもの。外集団や、見た目の醜いもの、怖そうなものには働きにくい。例えば、かわいそうな女の子は助けてもらえるかもしれないけど、汚らしいおっさんは助けてもらえない可能性が高い。

たしかに敵にも共感すれば争いはなくなるかもしれない。でもその前に、共感は間違いなく内集団に働く。だから作中のできごとで言えば、アンドロイドに共感する前に、彼らのせいで職を失った人に対して共感が働いて、アンドロイドを憎む可能性のほうがずっと高い。
共感は偏っていて、時に差別の原因になる。おまけに、敵と味方、同時に共感するのは無理。だから、共感で全部解決できるかっていうとそうじゃないのだ。

偏見・差別の解消は心理学(社会心理学)がずっと研究してきて、いまだに有力な解決策が見つかってない。なんでかっていうと、偏見や差別って、ヒトの生まれつきの特性のせいで起こるからだ。

だから、共感のおかげで人間側がアンドロイドへの差別をやめたとして、それって素晴らしいのか? 単なる「ひいき」じゃないのか? 見た目のせいで差別されてる人は救われないじゃないか? もっと見た目がキモいロボットでやるべきじゃなかったか? と私がちゃぶ台リバースである。
作中で、単なる共感から一歩進んで行動しているのはローズくらいだろうか。

(ただし、神が言いたかったのは『人間を機械扱いしてはいけない』という歴史の教訓についてだ。DBHのアンドロイドはアンドロイドじゃない。機械扱いされていた人間、非人間化《dehumanizing》されていた人間そのものだ。だから、見た目もなにもかも人間そっくり、でも扱いは機械じゃないといけなかった)

共感の落とし穴その2 共感できても正しいわけじゃない

共感には困ったところがある。それは、共感は善悪を区別できないってことだ。

バトソンという人の面白い実験がある。この実験に参加した人は、シェリ・サマーズという10歳の女の子の話を聞かされる。シェリには病気の苦痛を和らげる治療が必要で、その治療を受ける順番を待っている。

実験者は参加者にこうたずねる。
あなたが、シェリを待機リストの先頭に割り込ませる権限を持っていたらどうしますか?

ただ単にどうするか尋ねられた人は、シェリを先頭に割り込ませるべきじゃないと答えた。治療が必要な子供がすでに待っているからだ。でも、最初にシェリがどう感じるか想像してみるように言われると、シェリを先頭に割り込ませる人が多かった。ほかの治療が必要な子供たちよりも、顔の見えるひとりの女の子を優先したことになる。

もうひとつ。有名な『アンクル・トムの小屋』は、黒人奴隷トムの悲惨な生涯を描いた小説で、奴隷解放の流れに大きく貢献したと言われている。みんなトムのかわいそうな身の上に共感したわけだ。差別解消につながるなら共感って役に立つんじゃない? と思うかもしれない。でも、人は同じくらい『國民の創生』にも共感する生き物だ。『國民の創生』はアメリカ映画の古典で、映画の技術的にもめちゃくちゃ画期的だった。だけど、その内容はKKKを英雄、黒人を暴力的な悪役として描いた人種差別的なもので、当時も批判はあったらしい。それでも大ヒットした。

共感したからって、そこから出てきた判断が正しいとは限らない。共感は間違うし差別を生む。だから、差別をなくす手段として共感を持ってこられると、私がちゃぶ台を以下略なのだ。
共感がなにからなにまで悪いわけじゃない、共感は必要だ。善意の行動を共感が後押しすることはあるし、共感能力があるからこそ二次元の推しが今日も尊い。でも、とりわけ差別において、共感はガソリンみたいに取り扱い注意なのだ。神はもう少し気をつけてほしい、ここは火気厳禁である。

共感の機能

人がどうして共感するのかについては各分野ごとに色々な説明がある。進化心理学(人間を生物ヒトとして進化の視点から理解する心理学)的には、ヒトの攻撃性を抑え、集団生活を可能にする生まれつきの機能だ。そもそも集団生活は個人にとってストレスなんだけど、共感を持つことによって相手への攻撃性を抑えて、おたがいに利他的な行動を取れるようになる。だから社会的動物であるヒトに共感は必要だ。

でも、その共感が働く範囲が限られているのはさっき書いたとおり。共感しないから敵なんじゃなくて、敵だから共感できないのだ。

(私は最初、マーカスは共感をツールとして使ったのかと思ったけど、すぐに違うと思い直した。この世界の神はエモエモのエモなのだからして、そんな浅ましいことを考えるはずがない。神は共感に対してウオオオオオ!!! と目から涙がナイアガラなのだ)

共感を欠いた人は悪なのか

神のメッセージはど直球で分かりやすい。
「共感の欠如こそが諸悪の根源であり、共感を持って他人の立場になってみれば、悲劇はなくせる」。
だから、主人公は3人とも差別される側のアンドロイドなんじゃないか。神はプレイヤーに、差別を受ける体験をさせたかった。

ところで、共感について考える時には外せない性格特性を持った人がいる。
それは主に、サイコパス自閉症スペクトラム障害(重い自閉症から、知的障害がない自閉症アスペルガー症候群までを含む名称)の人。この特性を持つ人は生まれつき共感能力が低いんだけど、それぞれ違いがある(自己愛性パーソナリティ障害なんかも該当するけど、とりあえずこのふたつで)。

サイコパスは情動的共感が弱くて、認知的共感が強い。つまり、相手の嫌がることを的確に実行できて(いじめっ子のものすごいバージョンだと思えばいい)、なおかつ心が傷まない。でも、サイコパスの特徴は共感の欠如のほかにも、極端な自己中心性、衝動性、罪悪感の欠如、不誠実、感情の鈍麻など色々ある。だから、共感が欠けていることだけが問題なわけじゃない。実際のところ、サイコパスの問題行動の原因が共感の欠如かどうかは、今のところ何とも言えないみたいだ。

サイコパスというとハンニバル・レクターみたいなのを想像する人が多いかもしれないけど、ああいうのは実際のサイコパスとは違うので注意。サイコパスはぱっと見すごく魅力的で、社会的地位があることが多い。企業のCEOはほとんどサイコパスだと言う人もいる。

一方、自閉症スペクトラム障害の人は、情動的共感も認知的共感も弱い。でも、共感能力が低いからといって別に反社会的なわけじゃなく、むしろ他人にだまされやすかったりする(他人がなにを考えてるか分からないので)。人物の特性を見ずに行為だけに注目するから、「善意からやったことが害を与えている状況」を、大多数の人と違って正しく悪だと判断できる。要するに「ひいき」とか「目こぼし」をしない(できない)。この辺が「空気が読めない」言動の理由でもある。

※共感能力を持っているけど使わないだけなのかは、今のところよく分かっていないらしい。定型発達者(いわゆる普通の人)相手じゃなく、同じ自閉症スペクトラム障害の人に対しては共感が働くっていう発表は読んだことがある。

つまり、共感しないことだけが悪の原因じゃないし、共感しなくても悪じゃない場合もある。話はそんなに単純じゃないのだ。

(最初に言ったように、上に挙げたふたつの性格特性は生まれつきのものだ。だから、差別を共感で乗り越えるストーリー、『共感=道徳』と単純化する図式は、とても危ういことを言っているように思える。神はそんなつもりはまったくないんだろうけど)

番外編・そもそも差別ってなんで起こるの

そもそも論だけど、差別が起こる仕組みってなんなのってことをざっくり説明しておく。心理学的におおまかに言うと、「人間(ヒト)が生きていく上で必要な心の働きのせい」。この点は共感と同じだ。

その中でも多分誰も聞いたことがある「ステレオタイプ」について。
ステレオタイプとは、ある集団に持たれている単純化された概念やイメージのこと。例えば「○○人はみんな△△だ」とか。人は外界から次々に受け取る情報を「カテゴリー化(分類すること)」して処理している。すると、例えば人間は人間らしく、動物は動物らしく見えるようになる。これの何がいいかというと、パッと素早く判断できるし脳の省エネになるのだ。このカテゴリー化を続けることでステレオタイプが作られていく。
ステレオタイプ自体は正しくないことも多い。このステレオタイプに、嫌悪や好感、軽蔑なんかの感情がくっつくと「偏見」になる。さらに、偏見をもとに起こす行動が「差別」になる。

そういうわけで、ヒトはみんな、息をするように偏見を持つし差別する生き物だ。しかも、それって適応のために身につけてきた性質の副作用のせいなのだ。だから差別の解消は「地球温暖化を食い止めるために、今日から二酸化炭素を吐かないようにしましょう」くらい難しい。

だから、作中にステレオタイプな描写が多いのはちょっと気になっている。例えばカーラ編だと、アンドロイドにひどいことをするのは2連続で太ったおっさんだし、理想の家族像は父と母と子供だし、ルーサーの見た目はいかにも肉体労働してる黒人ですよって感じだ。カテゴリー化自体はまるっきり間違っているわけじゃなくて「だいたい合ってる」んだけど、偏見や差別を問題にしている時に典型的な描写を持ってこられると、少し引っかかるものがないでもない。
※もちろん、本編の短い時間でキャラクターの背景をパッと分かってもらうためには、ステレオタイプ(的なデザイン)が有効だと思う。だから全部が全部ダメって言いたいわけではない。そもそもクアンティック・ドリームのキャラデザって典型的な傾向があるような。

ちなみに単なる区別と差別の境目はあいまいで、時代によって変わる。社会的に受け入れられた区別はもはや差別じゃない。そこでは、差別をするのはむしろ社会常識をわきまえた、きちんとした人だったりする。だから、アンドロイドに好意的なカールやハンクが、世間から少し逸脱気味なのはなんとなく分かる気がする。

思うに、神は差別の原因を個人の共感のせいばっかりにしているのだ。ある行動の原因を、状況の影響を無視して個人の特性のせいにすることを「根本的帰属の誤り」と言う。わざわざ名前がつくほど、人はこの手の偏った見方(バイアス)に陥りやすい。

(ただし、ここでも私と神の興味の違いがあって、神が言いたかったのは『人間性を回復する=人間になる(become human)』ってことだ。私は、ついに脳科学が道徳を扱う時代になったことにワクワクしているけど、神はきっと、人間の生物学的な側面を強調する私のことが嫌いだと思う)

心理学でも、当初は差別の理由を個人の特性に求めていた。でも、それだけでは説明できないことも多かったので、段々と社会的な構造に目を向けるようになっていった(だからって別に個人の特性論が全く間違ってるわけじゃないので注意)。
有名な『自由からの逃走』も、ホロコーストの原因を当時のドイツ人に形成されていた「権威主義的パーソナリティ」という性格から説明している。ちなみに著者のフロムは、ナチス政権下のドイツから亡命したユダヤ系の社会心理学者で、そういう人が書いたという点でも興味深い本。当時はフロムみたいにドイツから亡命する知識人が多かった。

神について

長々と書いてきたように、私からすると、神が差別問題に関してあまり興味がないように見えてしまう。全然そんなことはなくて、神なりに真剣なんだろうけど。やりたかったのはあくまで抑圧の体験であって、差別のメカニズムに興味がなかったんだろうな。実際、差別解消をコンセプトにしたVRアート作品があるので、神がやりたいのは多分そういうことなのだ。

ゲームはシリアスなテーマを扱えるべきだし、その点には本当に同意する。でも、じゃあDBHがシリアスな議論に耐えうるかっていうと全然なのである。私はその間で板挟みになって、絶賛身動きが取れなくなっている。オタクつらい。神! ちょっと見捨てないで神! なんで見捨てたの神!

なお、なぜ神が共感を持ち出したのかについては割と分かりやすい。他のクアンティック・ドリーム作品を見ても分かるように、プレイヤーを感情移入させようって意気込みが半端ないのだ。それによって、選択肢の重みとその結果がプレイヤーに伸し掛かる。だからDBHでもその手法を使った。
それに、神が一番言いたい「非人間化(相手を人間以下と見なすこと)」は、相手への共感を減らし、人を攻撃的にさせる。そこに共感の欠如を見出したのは順当ではある。

さて、神がそのつもりはないのに私がキレ散らかしてしまうのはどうしたらいいのか?
ここで便利な道具「ハンロンの剃刀」の登場。
これは「愚かさや無知で十分説明できることに悪意を見出すな」という、一種の経験則的なアレである。だから、神は私の関心のある分野に対してまったく興味がないみたいだけど、嫌がらせでやってるわけじゃないのだ。うん。というか逆もまた然りで、神は私に対してキレ散らかしている。

おわりに

このゲームについてのモヤモヤ、すぐに文章の形にできるだろうとタカをくくっていたら数ヶ月が過ぎてしまった。本をたくさん読めて幸せだけど、確実にゲームソフトの値段の何倍も本に突っ込んでいるし、論文読むのは久しぶりだ。辛い、いや楽しい。
今回は私のモヤモヤの分析だったけど、それじゃフェアじゃないので、今度は神の分析についてまとめたい。面倒くさいオタクの自覚はあるので、キレ散らかさずに神に対応したい。神を分析したい。

それから私には神のエモい言葉が分からないので、聖書から神話的要素を取り除いて理解する「非神話化」がぜひとも必要。DBHってエモさで理解させようとしてくるので、エモ言語を習得してないと意味が分からない。私はエモさを消化する酵素を持ってないのだ。だからエモさを剥がして理解する必要がある。

ちなみに、神が理性軽視、人間至上、機械ダメ、私のことが嫌いなのは神なりの理由がある。次は哲学・歴史編をやりたいですね。神の心は1960年代にある。

でも早く終わらせないとこのテンションおもしろきつい。私は一体何をしているんだ。混乱の極み、オタクとは人生。

○今日の一言○

オタクは神を殺しちゃダメゼッタイ

ツァラトゥストラはこう言った

氷上訳が推しです。

関連してそうな本

反共感論

この文章を書くにあたってけっこう参考にした。共感に反対、理性を擁護する論陣を張っている。100%同意はしないけど、この共感の時代には必要だと思う。

偏見・差別はなぜ起こる?

今の社会心理学で分かっている「偏見・差別」について、手っ取り早く知るならこれが一番。

今回は入れなかったけど、心の持ちようで虐殺は止められるのか? については以下の本あたりが参考になるかも。我々は集団になると確固たる個など捨ててしまう社会的動物ヒトである。

服従の心理

言わずと知れた服従実験、通称「アイヒマン実験」を行ったミルグラムの本。どんなに心優しい人でも、権威に命令されると恐ろしいことを実行してしまうのはなぜなのか? なおミルグラムアメリカ生まれのユダヤ人。

戦争における人殺しの心理学

直接は関係ないけど好きな本。人は本来、人を殺したがらない。殺人は殺す側にとっても大きなストレスなのだ。そんな兵士達をどうやって人殺しできるようにするかが書かれている。ミルグラム実験にも言及あり。